2011年07月31日

Hi, Sunday Hi, Sunday Hi, Sunday



日曜日。

僕は一人で引っ越してきたばかりのアパートでごろごろしている。暇すぎるけれども、僕は研究テーマについて真剣に考えるやる気なんて全然出ない。昨日、校長先生に借りてもらった3階建ての3階にある広々なアパートの中の小さな部屋を必死に飾って、自分の世界にした。残りのスペースを全部ルームメートに使ってもらう。部屋の中に用意してくれた箪笥に写真を何枚も貼ったり、今の若者がめったに見えないテーブルを兼ねるベッドに日本語、英語の本を置いたりした。僅かに10メートルぐらいの部屋が広々な残りのスペースよりかなり生き生きしている。ただ今、大きい窓のすくそばに80年の硬い木材の椅子に座って、パソコンに文章を叩きながら、外の景色を眺めている。「ほら、列車が来たよ」と読者の皆さんに向かって叫びたいのだが、列車はおそらく時刻表通りに走っているようで、僕の窓の100メートルぐらい離れている線路をまだ通っていない。そう、僕の借りてもらっているアパートの後ろ、すぐ100メートルぐらい離れているところに、僕のベッドとちょうど平行に並んでいる線路がある。今日の朝617分列車が通った。9時ごろもう一本通った。午後1314分ごろもう一本通った。今は38分まだ通っていないね。日曜日の今日、僕の楽しみは一日中列車は何本僕の後ろを通るのかを数えることだ。

皆さん、誤解しなでください。僕は全然孤独、または寂しがる人じゃない。そして孤独が好きなタイプでもない。そして今も一人で寂しいなと一切も感じていない。

はあ、僕はみなさんにタックラムのある有名な短編を思い出させるだろう。40年代ごろの貧乏で暗い小さな街に住んでいるリエンという13歳ぐらいの女の子と弟が毎晩いくら眠くても生の光のない彼らの町を通るにぎやかな列車が通過するまで待っていた、粗筋のない話を語る短編だ。僕はリエン達と違う。一つ、僕は今かなり生き生きしている町に暮らしている。あと、僕は列車がにぎやかだなぁという憧れを全然持たない。しかも、僕は列車からの騒音で頭が痛くなる。ただ、今日は日曜日で、僕は一人で、その上、台風でずっと曇っていたり、大雨だったりした悲哀な芝居のような昨日は閉幕してくれた。晴れてきた今日の青空の下に騒音作りの列車でも可愛くなる。僕は乗客と握手したいぐらい今日の列車を可愛がっている。

ああぁぁ、愛する読者の皆さん、ただ今列車が通っていまーーーーーす。

おもちゃのように可愛い。この3階の窓から列車を見ると、僕は自分がすうっとジャイアントになったような気がする。指2本だけで列車を摘めるじゃないかと、僕はふうっと思った。日曜日、列車、窓、お茶、ベトナム語の音楽、日本語の小説、英語のドラマ。パーフェクト。

とはいえ、この1ヶ月中の3回目の引越しにちょっと考えさせられた。1ヶ月にわたって、窓外の景色が3回も変わった。僕の宅はどこだっけと自分に聞きたいほど不思議に思った。僕の家はどこだっけ。僕は自由で、誰~誰さんのものになりたくないし、なろうとも一切思わない。僕は僕だけのものだ。自己中心と言われたことがあるが、僕は言い訳はしない。だが、人間だものといって、僕の居場所はどこなのか、と普通の人間のように悲しいほど自分に聞いたこともある。もちろん、僕には答えがちゃんとある。僕の居場所はちゃんとあるから。実家、親、友達。そう、みんなが我がままな僕を受け取ってくれている。僕は幸せなものだ。

ただ、僕は考え好きなタイプで、ナンセンスなことを考えるのが得意なタイプだ。僕は僕なりのやり方で今ライフを楽しんでいるけれども、

このままでもいいけれども、

… …

… … …

僕は何かをやりたい。僕には余計なパワーが眠っている。確かに余計なパワーなんだ。僕はあいつらを気にならなかったら、僕は今平気で安定したところに就職したりして、恋愛あるいは結婚でもしているかもしれない。でも、僕はイライラしながら、自分にこのパワーを何とか解放してあげたいという考えで悩んだり苦しんだりしているわけだ。

僕は…そう、僕は自分で自分を爆発させたい。

But … how?」 

年をとって省みると、これはキット僕の青春を有意味なものにする質問に違いない。ただ、今のところ、これは毎日僕の頭をくずっくずっ痛めている難解の質問に過ぎない。

僕はいつまで悩み続けていくかしら。
                  日曜日、2011731

posted by ノラ猫 at 18:48| ハノイ ☀| ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

私、葉ちゃんとワタナベ君

「ノルウェイの森」の映画を見て、小説を再読したくてしょうがなかった。読み終わって、2年前つまり20歳の私と、今の私があまりにも違ってると分かってきた。2年だけだったのに、変わってきた、イヤ成長してきました。 

2
年前好奇心で「ノルウェイの森」を読んでみた。当時、世界中人気が出て、ベトナムでもあっちこっちの注目を集めてた村上春樹の「ノルウェイの森」。正直でいうと、その時、40年前の日本は本当にこうだったのかと不思議にしか思わなかった。何に対してもちゃんとした態度で受け止めるのは、「正」と「細」という二文字でまとめられる日本人の特徴だと思い込んだ私は、ショックを受けた。ここに描かれているのは私の知らない日本だった。要するに、作者の村上春樹は日本人で、読者の私は日本語学習者で、作品の「ノルウェイの森」は日本語で書かれるし、しかも背景は日本で、全ては日本向けの感じだったわけ。 

が、たった
2年後、日本であるか日本人であるかに関わらず、ただ人間の人生話だと思い始めた。ただ、「普通人」であるワタナベトルさんを巡る話であった。愛、自我、世間に対する彼の考えを巡る話であった。今さら「ノルウェイの森」の魅力が理解できた。境を越える傑作だと世界中の読者に好評されていることも理解できた。20代を送っている、又は送ってきた人ならば、たとえ、背景や年代が違っていてもワタナベトルの見た、聞いた、そして感じたことがきっと分かると思う。 

太宰治に書かれた「人間失格」の主人公の葉ちゃんことを思い浮かべる。人間なのに、同胞のことが怖がって本当の自分を守るために、お道化を演じるのに努力して人を必死に笑わせる彼の姿。彼にとっては、お道化は自分の同胞と戦うための武器、本当の自分を守るための盾だっただろう。お道化は、ある意味で、外の世界と彼しか入れない彼の作った世界の間に存在している丈夫な壁だろう。この壁で守られる彼は、あっけに取られるほど、この壁で苦しめられ、絶望され、そして絶滅された。人間として生まれた彼は、人間の世界のことを受け止めれなく、そしてそこに溶け込めない、あるいは溶け込みたくないから、最初から最後まで失格だった。「恥が多い生涯を送ってきました」。人間が何を考えているのか疑ったりして、じーっと観察しても分からないままの彼は、一生迷い込んで、逃げまわした挙句、自殺で終わってしまった。人間失格…
 

「自分は人間じゃない、人間が恐ろしい動物だ」と思う一人は、自分が世間に同類だと認められるのに「普通ではない」自分自身の自我を必死に隠す。もう一人は、「私は普通の人間だ」と思って、自分が好きなやり方で生きる。物騒な外の世界とあまり関わりたくないか、それとも、自分なりに作った世界に夢中になるか、どっちでもないかもしれない。彼は、ただ無意識のうちに人間の本能を大切にして生きている。道理、理想、社会地位、金等の飾り物というより「ごく普通に生きている」で良い。世間の目を一切気にせず、何も隠せずに、「人間」という二文字の通り生きている。大事にしている人を傷つけないように、自我が無にならないことを条件としてやりたいことを慎重にやる。そのためか、何倍も人生を自分なりに楽しんだり、そして苦しんだりするワタナベ。
 

この
2年間に変わってきたワタクシは、ワタナベに羨ましくてしょうがないと思い始める。彼は、生まれつきの自分の不完全なところを素直に認め、共生できるから。人間関係の渦に巻き込まれている彼は、怖がらず、自分なりに楽しめる。渦にグルグル強くまわされるから、渦の壁にぶつかって、痛く感じるのは避けられないことだが、痛くても止まらない彼の姿。穴が付けられることにより、彼は強くなる。今まで私の知っている、一番人間らしい人間だと思う。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:40| ハノイ ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

7ラブのOL

混乱してます! 就職活動をやっているというより、バイトをやっているが、順調であれば旧正月が終わってから正規会社員になれるはず。自分自身の意志次第。一応、「ただ今会社員として毎日通勤しています」というわけでOLの生活を送ってる23歳に向いて少しずつ歩んでる22歳のワタクシの現状である。お蔭様で、生活費が十分時給で払えるし、しかも親にも少しはあげられるし、一人暮らしでプライバシー・スペスが揃えてるし、会社における人間関係が良いし、先輩や同僚に結構好かれているし、要するに苦情なしの職場環境。そして、苦情なしの卒業見込みの大学4年生生活とも言える。仕事における必要な知識を十分取得して、社会人として成長できるように頑張らないといけないと思わせるぐらい程々の仕事プレッシャがあり、生活基準を高めて親孝行をしないと間に合わないと思わせる程々の生活プレッシャがある。つまり、将来性があり、前進する動機もあり、前進しないといけないプレッシャも若干あり、完璧ではないが、全ては「ちょうどいい」という一線にある感じ。イイ感じ! 

このように、外見では満足するのは当たり前であるライフだが、裏には色々ある。特に、考えるのがスキなタイプの自分にとっては、「つまんねえ」と溜息をつくほどではないが、現状に何か「足りない」と心から分かっている。それは何かと分かっていても補充できない。毎日、起伏・通勤・帰宅・飲食・シャワー・起伏という繰り返しのサイクルにより人間をロボット化されないように、仕事への興味を散々探し、熱心に働こう、楽観的に生きてゆこうと心がけであるが、難しくなりつつである。理由としては2つ挙げられる。血液のA型であるのに、オマエは変わり者だからB型又はAB型のほうが合っているじゃないかと言われているワタクシが、この2つの理由で、他人にとってのいい感じの人生を送っていても満足できないわけである。 

to be continued ...
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2010年11月25日

久々

ある土曜日の朝、過去のことを顧みる

奈良のガラガラ静寂な裏道を一人でブラブラしてた時の落ち着く感じを思い出す。

ガヤガヤで賑やかな甲子園の前に一人で立ってた時の孤独さを思い出す。

小さなスーツケースを東京駅の近くまで引っかけ、一人で夜行バスを待ってた時の、手が凍えるほどの寒さを思い出す。

翌日の朝夜行バスを降りた時のウキウキした感じ、ルミックスを手のひらの中に一人で大阪の空いた早朝市場をブラブラし始めた時のことを思い出す。

宮崎に向かって広々とした深夜の真っ黒な海上に進んでる船の甲板で一人で立ってた時のことを思い出す。

一人旅が終わって無事につくばに戻る度のほっとした感じを思い出す。

つくば駅の大きな交差点の真ん中で一人でスーツケースと一緒に立っており、朝早くまだ眠っているシーンとしたまま、太陽の光の下にピカピカするつくばを眺めてた時の落ち着いて温かい感じを思い出す。つくばはこんなに静かなんだと初めて分かってきた。

つくば駅から宿舎まで一人で暴風と大粒の雨の中に一人で自転車を漕いでた時の心細さを思い出す。つくば人の誰かに迎えにきてくれる人がこんなにほしかったと初めて分かってきた。

人間の存在の匂いが全然してない、冷えた部屋に「ただいま」と言ってた時の寂しさ、母に「お帰りなさい」と言って欲しくてたまらなかった感じを思い出す。でも、終に布団の中でぐっすり眠って翌日目が覚め、「ここはどこだ」という質問でつくばでの新しい日々を始める。

そう、日本での一人旅を思い出してる。


   孤独、寂しい、一人ぼっち… 大きな河の流れに流される砂の粉のように、真っ黒な海の中に微かに光る舷灯のように

   そして、胸を張りながら何だか理由なしでドキドキする一人旅の楽しみ… のび太君の家に囲まれる延々と延びている壁をのんびり旅するノラ猫のように


               「ワタクシはノラ猫でございました」


そう、過去形である。

もう旅できなくなった。「時間が作り物なんだ」とカッコウつけ他人に言ってるが、もうノラ猫に戻れないと覚悟。


「作れるもんかよ!ああああああああああああっ」


正しく言うともう人間に戻っちゃった。人間としてちんたらちんたらと言われたくないが、ノラ猫であったことを思い出さずにはいかない日々、懐旧の思いに耽る日々がいつまで続いていくのかしら。


さあ~、ノラ猫としても知らない、人間としても知らない … 

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 02:02| ハノイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

越境文学

越境文学」「揺れる言葉」 

「越境文学は外国人作家が書く日本文学」。3年間日本語を勉強しているベトナム人の私は初めて「越境文学」という概念を知った。感動した。越境文学の魅力を感じ、修了論文の研究問題として書こうと思い始めた。以下にはこの問題に関する自分を考えを少し述べてみる。

 

1.            越境文学の存在への疑問

この記事を読んだとき、頭に浮かんできた第一の疑問というのは「どうして外国人、非漢字文化圏出身の人までも母語をとらわれずにわざと日本語で文学を書いたのか」である。不思議だと思う。

 

第141回芥川賞に候補者として入ったイラン人のシリン・ネザマフィさんが挙げた理由は「日本に住み、日本語が一番書きやすい言語になっていた」である。ネザマフィさんと日本語で文学を書く外国人作家としてよく知られているそうであるリービ秀雄さんの場合から見ると、ほとんどの越境作家は日本に長い間日本に滞在したことがあると分かってきた。つまり、これらの作家は日本語能力が高いし、「日本語に対して意識的に結構なっている」と言えるだろう。言葉を変えれば、日本語は90パーセント作家の母語になってきたということではないだろうか。そのため、「日本語は敷居が高い」という壁を乗り越え、日本語で文章を作るのに努力しているかもしれない。

 

たぶん、その90パーセントは外国人作家を日本語で文章を書き始めようと促せただろう。しかし、外国人作家が日本語で次々文学を書き続けるのには十分ではないと思う。日本人作家の日本語で書いてある作品や、翻訳作品と違うところを作る秘密はその10パーセントにあると思う。「言葉の揺れ」を作るという大事な役割を果たす部分だと言っても過言ではないだろう。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 01:09| ハノイ ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

自由と責任感

  

今 日本に暮らしている。

毎日日本の水を飲んだり、日本の料理を食べたり、日本の空気を呼吸したりしている。

目を覚めたら、日本の景色を眺めたり、日本のテレビを見たりしている。

目を閉じたまま手を広げると、日本の冬・風・雨・太陽・空を抱きしめるような気がする。

 

そう!確か今日本にいる。やっと実感が湧いてきた。

 ただ、バランスのない境に立っている微妙な感じをしている。to be continued ...
posted by ノラ猫 at 19:31| ハノイ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

「余計な人生」


「余計な人生」は革命時代の文壇で有名なナム・カオという小説家の短編小説。「チーフェオの死」、「眼」と「余計な人生」は高校で勉強したナム・カオの3つの作品であった。フランス殖民主義の支配からベトナムを解放した「1945年8月革命」の前の農民の生活について物語る「チーフェオの死」(日本語に翻訳された)と違って、「余計な人生」はその時代の作家の生活について語る。


作家であるホーという主人公は小さい沼のように気詰まりな時代に暮していたという。ホーにとっては文章を書くのは人生の一番尊いで、集中と工夫とが必要な作業である。しかし、家族のために、文章を書くのは彼の金を稼ぐ方法に変化してしまった。言葉遣いとフレーズ組み立ることなどに煩くて厳しい作家というホーは、金をたくさん稼げるように早く早く書いてナンセンスで軽い作品を出すようになった。ホーの作品を読む読者の心には何も残っていなかった。それに、ホーに作られたものは彼自分自身にも文章として認められなかった。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 17:25| ハノイ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月10日

夏の涼しい日にホームレスばさんに出会うことを少し考え


乞食・物乞い

 

そして

 

浮浪人・ホームレス

...

 

同じであるか?違うか?

実は、同じか、違うと言ってもいいと思う。誤差が微妙だから。辞書を引いたら、日本語ではこういう風に定義されている。「やむをえない事情、あるいは本人の意思により、他人から物品や金銭の施しを受けて生活している者(物乞い(ものごい)、ものもらいともいう)。一般に住居を持たない貧困者(ホームレス)が行う事が多いと誤解されているため、転じてホームレスをさす言葉としても使われる場合がある。乞食は必ずしも住所不定ではない。」


 
ベトナム語では浮浪人・ホームレスという言葉はあることはあるが、普及していない。ベトナム人が使い慣れているのは、乞食・物乞いという言葉である。そして、浮浪人・ホームレスマンと言えば、乞食や物乞いをしながら生活する人々だと、思わず思い浮かべる傾向があるそうである。実際とは違うかもしれない。ホームレスマンが乞食をすると必ず言えるに限らない。to be continued ...
posted by ノラ猫 at 01:14| ハノイ ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

魅力



ブハハハ...おもしろい!

このブログ
を見ると、笑わずにはいられない。これは、ある日本人がハノイで発見した面白いシーンを紹介するブログだ。ベトナム人である私はこのシーンを見慣れていても、我が国がおもしろい国だとは言わずにはいられない。(笑)どうして「ベトナムは活気が溢れる国」だと日本人によく言われるか、今分かってきた。

別の日本人のブログも見た。筆者は、名所に行きたいという理由だけでわざわざとベトナムを旅しないほうがいいと勧めた。実は、初めはちょっと腹が立った。(笑)しかし、よく考えればそれは聞くに足る忠告かもしてない。日本と比べたらベトナムの景色は、特色がないとは言えないけど、そんなにきれいではないと、ベトナム人の私までもそう思っているから。しかし、ベトナムで見るに足るのは、景色よりベトナム人の生活だ。「めちゃくちゃ」の生活だ。

この前の記事でカルチャーショックに触れたとき、「めちゃくちゃ」という言葉を使って現代のベトナムの状況を表した。外国人はベトナムの「めちゃくちゃ」をどういう風に見るのか、心配していた。特に、静寂と几帳面が好きだと言われている日本人ならば、この状況を受け入れにくいかもしれない。心配していた。

「めちゃくちゃ」状況は国の発達に悪い影響を与えていると考えられ、国民・政府がちゃんとした国に変化させることに取り組まなければならないと呼びかけられる。それは短時間で完成するわけがない。言い換えれば、この状況はこれから少なくとも10年間まだ続いていくと思う。もちろんベトナム人としては早く変えてほしいが、焦っても何も変わらないし、いつかこの一時的な「めちゃくちゃ」が除去されてしまう。ですので、この状況のおもしろい面を見ながら楽しむことにしたベトナム人が少なくないと思う。

その考え方のためか、「世界一幸せな国2009年」というリストの5位を占めたと報じられている。それは英国のシンクタンク、新経済財団というNEFに、世界各地の人々が感じる人生への満足度に加えて、環境に対する負荷の度合いや国への期待度などをそれぞれ数値に換算した幸福度指数(HPI)を算出され、作られたリストだ。「めちゃくちゃ」に対する超楽観的な態度だ。

華々しい風景や建築などより、それはベトナムの魅力かなぁと思い始めた。(笑)

posted by ノラ猫 at 12:45| ハノイ | Comment(2) | TrackBack(0) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

私は、ベトナム人です


1年前に、あるブログの記事を読んだ。すっごく感動した。彼女は戦後生まれの若者であるベトナム人の我々の考え方をうまく書いてくれた。彼女は、ベトナムの若者が国への感情を正直に書こうと呼び上げた。実は、私は何度も書いてみたかった。けど、書けなかった。ペンを取り上げて、書き始めるたびに、気持ちがバラバラになって、どこから書いたらいいのか、迷っていた。結局、何も書けなかった。わが国について語りたいことが多すぎて、簡明な文章が作れなかったかもしれない。また、彼女の記事は私の考えをすべてまとめたような気がした。

 
だから、ここでは翻訳する。                              

  
私は、ベトナム人です

 
私は、国の平和時代に生まれた。戦争についてはあまり知っていないが、戦争の影響がよく分かる。我が国について触れると、「ベトナム戦争」などの言葉で呼ばれることがイヤだ。それは過去の話だった。世界の人々に我が国をただ「ベトナム」で呼んでほしい。 

私は、ブログの記事を書いたり、チャットしたりするとき、ベトナム語の文の中に英語の言葉をときどき利用する習慣がある。便利だから。でも、話すとき英語の言葉を所々使うのがイヤだ。正確な母語で話せたり、書けたりすることに誇りを持っている。それは、現代の若者にとっては簡単なことではないと考えられている。
 

ベトナム人としては、ベトナムの二人の王様である
L ê Thánh Tôn Lê Thánh Tông違うところを外国人の友達に説明してあげられなくて、恥をかいた。歴史の本を何冊も読んでも、我が国の歴史のことが正確に覚えられない。

外国の料理を食べたことが多いけど、ベトナムの料理が一番好き。ベトナムの料理には野菜がたくさん付いているから。(私は、そもそも野菜が大好き)ベトナムほど食事に野菜を利用する国がないと思う。ゴイ、フォー、バン・ベオ、バン・クオン、バン・セオなどが大好き。ベトナムでは下等なのにおいしい料理がたくさんあることに誇りを持っている。

他のベトナム人のように、私もバイクを一台と免許書を一枚持っている。バイクの姿なしのベトナムの道路を想像できない。渋滞、乗り物のクラクションのうるさい音が大嫌い。けど、バイクなしの生活が本当に大変だし、つまらないと思う。3月、4月か5月の夜、緑並木が二つ平行に立つサイゴンの道をバイクに乗ることが好きだ。それはタウ・ザウ(?)の花の咲く時間だ。胸が膨らむまでその微かな香りを吸い込むことが大好き。それは、車に乗ったらやれない、ストレスを解決するステキな方法だ。

私には、国の伝統的な衣服であるアオザイを着る機会があまりない。また、自分の人体を見るとアオザイを着る自身も出ない。しかし、衣類箪笥にかけるためだけのオーダーメードのアオザイを一着持っている。なぜかというと、ベトナムの女性としては自分のアオザイが一着もないのはみっともないからでしょ?

現在のベトナムの試験制度、教育制度が大嫌い。知識、認識に欠陥を負う若者を養育しているから。教育省新大臣が5年〜10年間後ベトナムの教育の状況を改善するという約束を守ると期待している。

庶民を困らせる官僚のやり方が大嫌い。成績病気も汚職も大嫌い。不平等が溢れているこの社会も大嫌い。しかし、何と言っても現在の政治体制に満足だと思っている。この体制のおかげで、ベトナムは今安定しているし、戦争もテロもないし、川のように血が流れる姿がないし。ベトナム人に生まれて、平和な国で生活が送れているのは本当によかった。

豊かな遠い国に住みに行く夢を抱くベトナム人が少なくないと聞いた。現在のベトナムの生活がつまらなくてたまらないと思って、高尚で豊かな生活ができるのは、穏当な欲求だと思う。しかし、彼らのように絶対にならない。ベトナムを出るのは当然だけど、それは旅行や留学などのため。ベトナム以外の所に住まないと自分に約束した。 


「私はベトナム人です」。私の名前さえそういうことを現す。自分の名前には「THI
」(ティ)があるから。ベトナムの女性はほとんどその「ティ」を持っている。それはずっと昔からのベトナム人の名前のつけ方の特徴だ。けど、現在その特徴を廃棄する傾向がある。今のベトナム人の親たちは子供たちに「ティ」なしのきれいな名前をつけている。「ティ」は私の名前を長くしているが、そのおかげで会わなくても誰も私の性が分かるようになる。「ティ」は私の名前を田舎臭い感じを与えると言われるが、名刺の表面に「グエン・ティ・タン・チュック」と完全に印刷した。「ティ」を排除して名刺を印刷する人が少なくない。しかし、私にとってはそれは本当の自分を認めないに等しいと思う。


ベトナムを愛していると言わない。本当にそうとは感じていないから。ベトナム人に生まれ、ここで成長したのは本当に良かったとしか言わない。そして、死んだらベトナムで死んでここで埋められると望んでいる。。。 

私は、ベトナム人です。
 ――to be continued ...
posted by ノラ猫 at 10:06| ハノイ | Comment(6) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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