2008年11月26日

私にとっての故郷

故郷 。。。


故郷がだんだん変わっている。

ハノイ、ホーチミン市のように、目がクルクルしているほど早く変わっていないが、少しずつ変化している。1ヶ月故郷に帰らなかったら、その変化に気が付いていなかった私は、何となく安心だと感じた。

今度2ヶ月後、故郷に帰ったとき、ちょっとびっくりした。「ありえない。故郷も変わっている」。「私、バカじゃないか?変化は当たり前でしょ?」。もちろん、時代の流れとともに、変わるしかたない。その変化に気が付いたばかりの私は、何となく寂しくなった。故郷はだんだん昔の故郷の特徴が亡くなって、現代的きれいなハノイなんかの完璧な抄本になっている。

大学生の私は、首都のハノイから帰って、ここには別のハノイにまた会ったのだろうか?ハノイのことが好きではないのではないが、故郷に帰ったら静かな町の落ち着いた雰囲気を送りたいと思う。幼いときから、その雰囲気に囲まれた私は、その穏やかな町に慣れている。ハノイに来た時、ショックを受けたが、自分の可能性を生かしたかったら、しかたがないと言って、このにぎやかな町に暮らしたり、勤務したりすることにした。それに、ベトナム中、世界中、いろいろなところに行ってみたいと思う。だから、いつも私を迎える静かなところ、私の戻られるところがほしいから。

何となく心から故郷のことが変わらないという希望が持っている。

その願いは、他人が「おかしい」とか「利己的」とか「子供っぽい」だと評価できるかもしれない。しかし、それはあくまでも、ただ無理な希望なのではないだろうか?誰でも時間の流れと逆らえないものだ。小さな私なんかも、例外ではない。

「世界と時代を変えることができなかったら、適当に自分のことを変えてください」と教えてくれた。この場合には、自分のため故郷の変化に歯止めをかけられないので、自分の考えを変えるべきなのか?受け入れるべきだ、この時代の変化・・・
posted by ノラ猫 at 02:27| Comment(2) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分の思い出が詰まった場所が変わってしまったり、時には無くなってしまったり・・・それは本当に寂しいし悲しいですよね。
「変わらないでいてほしい」という気持ち、とてもとてもよくわかります。

そう思うのが自分の勝手な願いであることも自覚しているのですが、でもそう思わずにはいられない・・・という感じですよね。

それでも私は、最後にはやっぱり「仕方がないんだろうな・・・」と思うようにしています。
だって、自分も変わっているのだから。
世の中の目に見える物の中で「変わらないもの」って、もしかしたら何にもないのかも・・・って思うから。

目に見えないものだったら・・・例えば“何かを大切に思う気持ち”とかはずっと変わらないってこともあるかもしれませんけどね。

でも、“人の心”・・・・・も、変わることはありますよねえ・・・。
「変わらないもの」ってなんなんでしょうねえ。
Posted by ハノイ在住日本人 at 2008年11月27日 13:54
もし前あれば、フオンさんの考えに反対だが、今はちょっとだけそう思いません。やはり故郷が変わらなければ、フオンさんと私が変える度に、安心などという感じがあるが、故郷の人々に考えますか?そうすれば、その人々に不平等だと分かると思う。誰にも、どこにも、発展が必要になるからです。もう少し考えてみよう。
Posted by virgo.hg at 2008年12月19日 01:18
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。