2009年01月14日

外国語の勉強

1.親戚の中には悲しいおばちゃんがあるんだ。おばちゃんが若いとき、ご主人が亡くなった、そして子供がなかった。ずっと長い間、一人で暮らしていた。誰もおばちゃんを手伝ってあげたかったが、おばちゃんの嫌な性格のせいで、みんなだんだん離れてきた。でも、理由ははっきり分からなかったが、私だけに対して嫌な態度を表示しなかった。ちっちゃいな私の思い出では、母の姿のほかにも、悲しいおばちゃんの姿もあった。

 

高校生のとき、先生に宿題として英語でのエッセイを書かされた。おばちゃんについて書いた。実は、そのとき、特別なテーマはなかなか考えられなかったので、一番易しい問題について書くことにした。書いているとき、なんか特別な感情がわいていなかった。でも、クラスメートの前で自分のエッセイを読んでいるとき、おばちゃんのことが頭の中に強く浮かんだ。結局、つい泣き出して、読み続けなかった。ベトナム語で書いたり、読んだりするとき、そういうことは一度も起こっていなかった。

  

2.「お母さん、大好きだよ」「お母さん、ありがとう」

それは、母にいつも伝えたい心からの言葉。でも、「大人」のベトナム人にとって、そのような言葉を自然に言うのは、恥ずかしすぎること、そして言う必要がないことだと考えられている。また、言葉で両親への愛情を告白するより行動で示すほうがいいと思うベトナム人は多いそうだ。それで、ベトナム人の私もベトナム語でなかなか言えなかった。

 

高校生のとき、いいアイデアは思いついた。ベトナム語ではないで、英語で伝えるということだった。ついに、うまく伝えることができた。

  

        どうしてベトナム語で感情を表現するとき、そんなに感動したのか、または、うまく告白できなかったのか、その時、あまり気づかなかった。でも、ベトナム語で表現することと、外国語で表現することは何か違うのかということには、だんだん興味を持つようになった。それは、日本語を勉強するからだと思う。

  

3.実は、ベトナム語でのブログも持っているが、寂しい思い出ばかり書いた。作文が書きたかったが、ぜんぜん書けなかった。それで、ベトナム語でのブログがどうやらネット日記と同じものだ。日本語でのブログは、ちょっと違って、日記には止まっていない。社会、人生、人間関係、そして自分のことに関する、ベトナム人の若い私の考え方や観念などが書いてある。書くのに時間がかかるが、いろいろ考えさせられる。日本語の文法、言葉使いなどが練習できるだけでなく、自分の考えの整理のし方も練習できる。時間がかかるからこそ、きちんと考え方が整理できるのだ。

 

4.ベトナム語で話す私は、日本語で話す私とちょっと違っていると何となく感じられる。日本語で話すとき、ベトナム語であまり話さないことを自然に表現する。「ベトナム語であまり話さないこと」は、特に感情だ。経験したことがよくあるが、慎重に理解するように十分注意しなかった。でも、高校生の英語に関する経験と合わせてまとめてみたら、ちょっと分かるようになった。

 

        高校生の英語と今の日本の語能力は、どうしても5〜10歳の子供のようだと言える。それらの子供は、純粋、計算のない心を持っている。それで、言い出すことは、周りの世界についての心からの考え方だ。言葉がまだ揃っていないし、感情を隠す必要性が分からないので、考えていることだけ話せると思う。それは、大人と違う。大人は言葉が十分揃っているので、言葉で自分の感情・考えをうまく隠すことができるようになる。自分のベトナム語能力は、大人のようだというわけだ。

 

今の日本語はまだ下手なので、考えていることをうまく伝えることぐらいは難しい。それで、日本語で感情を隠すことは今はちょっと無理。たぶん、後10〜15年間、自分の日本語能力が高くなって、日本語で自分を隠す手段が納得するようになるかもしれない。でも、今の自分の日本語が好きだ。完璧ではないが、それは、「本当の私」が表せる日本語だと言える。

 

そして、今、私は、‘子供’日本語のおもしろさを楽しんでいる。

将来、ほかの‘子供’外国語も勉強したいと思っている。

みんなにも外国に行く機会があったら、逃がさないでください。

  
posted by ノラ猫 at 16:06| ハノイ | Comment(1) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私はベトナムでもブログを書いていますが、まだ感情を表すこともできません。むしろ、簡単なことしか書けないので、「自分の伝えたいことを書くために、どれだけ簡単に表現できるか」の練習にとてもいいですね。

日本語だと、ながながと必要ないことまでつい書いてしまうこともあります。でも、ベトナム語だと必要なことだけを書くだけで精一杯。

mphuongさんの日本語に比べるとずっと下手くそなベトナム語なのに、読んでくれる人もいて、ありがたいことです。
Posted by 村上吉文 at 2009年01月19日 19:04
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