2009年02月04日

ここに気楽な私がいると同時に。。。


   ここに気楽な生活を送っている私と同時に。。。
 

家で文章をのんびり作っている私がいると同時に、遠くの病院では死亡と戦っている親戚のおじさんがいる。

 

「1リトルの涙」というフィクションで泣いているばからしい私がいると同時に、遠くの病院では気を失っているおじさんのことで、激しく泣いている家族がいる。

 

この温かいベッドで楽に寝ている私がいると同時に、遠くの病院では生死の境界に立っているおじさんもいるし、怖くて心配しているので寝られない家族もいる。

 

。。。

 

何年か前に、ある小説を読んだ。私の心に去来している言葉があるんだ。今は、確か覚えていないが、大体以下のように書かれている。

「自分の宇宙がすべて崩れちゃったんだ。でも、どうして地球はそのまま回っているの?どうしてみんなはそのまま笑って生きているの」― お母さんが亡くなったばかりの主人公の気持ちを表す言葉なんだ。あの人は、地球と周りの人の「そのまま」ということを信じられないのだろうか。また、ちょっと怨んでるのだろうか。

 

このような私の姿を見たら、おじさんと家族はどう思うようになるのだろうか。その主人公と同じ、嫌な気持ちがわく可能性があるのだろうか。あるはずだなあ。私でも、どうやら、このように気楽している私の姿が嫌だ。でも、どうしたらいいのか、やっぱ分かっていない。おじさんの家族と一緒にいる、一緒に心配する、一緒に泣くことは私にとって無理なんだ。そして、それは余計なことなのではないだろうか。私は、おじさんと家族を手伝うことが何もできない。

 

もしかしたら、将来私にとって大事な人が亡くなったら、地球や他人の「そのまま」を怨むようになるのだろうか?

 

地球はね、どうしてもそのまま回っているのではないだろうか。

人間はね、どうしても生き続けなければならないのではないだろうか。

それは自然規律だよね。

 

自分の宇宙が崩れちゃったとき、自然規律通りに行動している地球や他人のことを責めてもいいのか。

posted by ノラ猫 at 12:35| ハノイ ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。とても日本語が上手ですね。どこで勉強されたのですか?
さて、1リットルの涙ですが、ドラマをごらんになっているのでしょうか。テレビのドラマは「フィクション」で、ずいぶん変えられていますが、実際にあった話です。幻冬舎文庫から木藤亜也さんの名前で本が出ています。実際にはとても地味な話です。映画の方が現実の作品に近いと思います。

それでは。
Posted by ES at 2009年10月07日 09:14
ESさん
コメントしてくれてありがとうございました。
ベトナムで日本語を3年間ぐらい勉強しました。今筑波大学に留学していますけど。。。

1リトルのドラマを見ました。実際にあった話ですよね。でも、ドラマを見ると、涙がすっごく流れちゃいましたので、もう一度見る勇気がありません。=。=
Posted by mphuong at 2009年10月08日 20:53
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