2009年07月03日

私は、ベトナム人です


1年前に、あるブログの記事を読んだ。すっごく感動した。彼女は戦後生まれの若者であるベトナム人の我々の考え方をうまく書いてくれた。彼女は、ベトナムの若者が国への感情を正直に書こうと呼び上げた。実は、私は何度も書いてみたかった。けど、書けなかった。ペンを取り上げて、書き始めるたびに、気持ちがバラバラになって、どこから書いたらいいのか、迷っていた。結局、何も書けなかった。わが国について語りたいことが多すぎて、簡明な文章が作れなかったかもしれない。また、彼女の記事は私の考えをすべてまとめたような気がした。

 
だから、ここでは翻訳する。                              

  
私は、ベトナム人です

 
私は、国の平和時代に生まれた。戦争についてはあまり知っていないが、戦争の影響がよく分かる。我が国について触れると、「ベトナム戦争」などの言葉で呼ばれることがイヤだ。それは過去の話だった。世界の人々に我が国をただ「ベトナム」で呼んでほしい。 

私は、ブログの記事を書いたり、チャットしたりするとき、ベトナム語の文の中に英語の言葉をときどき利用する習慣がある。便利だから。でも、話すとき英語の言葉を所々使うのがイヤだ。正確な母語で話せたり、書けたりすることに誇りを持っている。それは、現代の若者にとっては簡単なことではないと考えられている。
 

ベトナム人としては、ベトナムの二人の王様である
L ê Thánh Tôn Lê Thánh Tông違うところを外国人の友達に説明してあげられなくて、恥をかいた。歴史の本を何冊も読んでも、我が国の歴史のことが正確に覚えられない。

外国の料理を食べたことが多いけど、ベトナムの料理が一番好き。ベトナムの料理には野菜がたくさん付いているから。(私は、そもそも野菜が大好き)ベトナムほど食事に野菜を利用する国がないと思う。ゴイ、フォー、バン・ベオ、バン・クオン、バン・セオなどが大好き。ベトナムでは下等なのにおいしい料理がたくさんあることに誇りを持っている。

他のベトナム人のように、私もバイクを一台と免許書を一枚持っている。バイクの姿なしのベトナムの道路を想像できない。渋滞、乗り物のクラクションのうるさい音が大嫌い。けど、バイクなしの生活が本当に大変だし、つまらないと思う。3月、4月か5月の夜、緑並木が二つ平行に立つサイゴンの道をバイクに乗ることが好きだ。それはタウ・ザウ(?)の花の咲く時間だ。胸が膨らむまでその微かな香りを吸い込むことが大好き。それは、車に乗ったらやれない、ストレスを解決するステキな方法だ。

私には、国の伝統的な衣服であるアオザイを着る機会があまりない。また、自分の人体を見るとアオザイを着る自身も出ない。しかし、衣類箪笥にかけるためだけのオーダーメードのアオザイを一着持っている。なぜかというと、ベトナムの女性としては自分のアオザイが一着もないのはみっともないからでしょ?

現在のベトナムの試験制度、教育制度が大嫌い。知識、認識に欠陥を負う若者を養育しているから。教育省新大臣が5年〜10年間後ベトナムの教育の状況を改善するという約束を守ると期待している。

庶民を困らせる官僚のやり方が大嫌い。成績病気も汚職も大嫌い。不平等が溢れているこの社会も大嫌い。しかし、何と言っても現在の政治体制に満足だと思っている。この体制のおかげで、ベトナムは今安定しているし、戦争もテロもないし、川のように血が流れる姿がないし。ベトナム人に生まれて、平和な国で生活が送れているのは本当によかった。

豊かな遠い国に住みに行く夢を抱くベトナム人が少なくないと聞いた。現在のベトナムの生活がつまらなくてたまらないと思って、高尚で豊かな生活ができるのは、穏当な欲求だと思う。しかし、彼らのように絶対にならない。ベトナムを出るのは当然だけど、それは旅行や留学などのため。ベトナム以外の所に住まないと自分に約束した。 


「私はベトナム人です」。私の名前さえそういうことを現す。自分の名前には「THI
」(ティ)があるから。ベトナムの女性はほとんどその「ティ」を持っている。それはずっと昔からのベトナム人の名前のつけ方の特徴だ。けど、現在その特徴を廃棄する傾向がある。今のベトナム人の親たちは子供たちに「ティ」なしのきれいな名前をつけている。「ティ」は私の名前を長くしているが、そのおかげで会わなくても誰も私の性が分かるようになる。「ティ」は私の名前を田舎臭い感じを与えると言われるが、名刺の表面に「グエン・ティ・タン・チュック」と完全に印刷した。「ティ」を排除して名刺を印刷する人が少なくない。しかし、私にとってはそれは本当の自分を認めないに等しいと思う。


ベトナムを愛していると言わない。本当にそうとは感じていないから。ベトナム人に生まれ、ここで成長したのは本当に良かったとしか言わない。そして、死んだらベトナムで死んでここで埋められると望んでいる。。。 

私は、ベトナム人です。
 ――

うまく翻訳できなくて、ごめんなさい。

でも、彼女の言いたいことは大体分かるでしょ?

 

途上国で生まれた若者は、自分の国についてそう考えている。先進国で生まれた人々は自分の国についてどう考えているだろうか。差異があるはずだ。文化の差異はともかく、経済発展の格差による暮し方から見ても分かっていくかもしれない。

 

我が国を例にしても、その格差が分かるようになれる。1980年代に生まれた世代(8X)と1990年代に生まれた世代(9X)の考え方と暮し方には大きな差があるような気がした。貧困、先進的な技術不足による旧式の生活、枯葉剤の影響などの問題を抱えている戦後のベトナムに生まれた8Xの若者は、国のために自分を犠牲にするという戦中の人々の考え方と、金銭的な問題を優先するという、刷新後の市場経済に影響される人々の考え方の折衷時代に成長してきた。そのためか、家族や友人や近所や同士などの人間関係にこだわる戦中の人々の暮し方にも、実利的な現代の人々の暮し方にも影響されている。つまり、バランス状況にいることだ。前述のチュックさんの考え方は例の一つだ。

 

9Xの時代になると、後者に傾いてきたようだ。刷新の成功がベトナムの経済を発達させ、国民の生活を充実させていると言っても過言ではない。しかし、それと同時に、過去と出身を排除する世代を産んでいる恐れが出てきた。生まれながら豊かな生活ができると、つまり困難の味を味わわないと、平和・豊富の価値が感じられないのは当然だ。だから、小さい頃から、その価値を教えてあげるのは大人の義務だと思う。

 

昔アメリカ、フランス、中国などの強い国を負かした栄光とか、恵まれた豊かな資源と風景などきれいな事を教えることにより、国への愛と誇りをかもし出してもよい。だけど、それより重要なのは、寂しい事実を教えるということだと思う。貧困者がまだ多いこととか、ワイロや汚職した官僚がまだいることとか、消費者の健康に関心せず品物を保つための毒な化学を利用している無責任・非人道的な事業者もまだいることなど教えてあげたほうがいいと思う。国への愛に消極的な影響を与えると言われるかもしれないが、悪いことを敬遠するのはもっと悪いのではないだろうか。事実はベトナムが完璧で豊かな国ではないということだ。そうしたら、何でわざと子供たちに偏った視野を与えているのだろうか?悪い面もいい面も教え、完全な視野を与えると、価値観・知識の欠陥を持っている世代を産む危機感を弱めるのでははいだろうか?

 

チュックさんの記事に戻る。「ベトナムを愛しているとは言わない。そう感じていないから」と書いたけど、そういう風に書けたのは国への愛・関心・心配を表せたと思う。いろいろな難しい問題を抱えているベトナムの事情がよく分かっていても、彼女は誇りをたっぷり持って「私はベトナム人です」と言えたからだ。

チュックさんのような若者がいるならば、ベトナムは大丈夫だと思う。

 

ベトナム人の「愛国」の概念は時代によって違う。戦争時代、それは国の自由と独立のために自分の命と幸せを犠牲にすることだった。平和時代、そういう自己犠牲は必要ではなくなってきたと同時に、「愛国」は定義しにくい概念になってきた。ベトナムへの感情を書くように言われたとき、迷っていた私は例の一つだ。だから、チュックさんの愛し方に感動した。現代の「愛国」とは国を解放する昔の人々のような偉い理想ではなく、それは国の小さなことに愛着があるという感じだ。それは「私はベトナム人です」との誇りをこめた言い方だと分かってきた。

 
posted by ノラ猫 at 10:06| ハノイ | Comment(6) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本だと「愛国心」とか言うと、特別に右翼的な人だと見られることが多いですね。最近はそうでもないかもしれませんが。
自分の属する共同体を愛することができない人への配慮も必要ですが、誤解される心配もなくベトナムのようにそういう気持ちを表現できるのは、うらやましいです。
Posted by 村上吉文 at 2009年07月06日 07:32
村上先生へ

そうですか?日本では「愛国心」とか言うと、特別に右翼的な人だと見られることがありますか。

ベトナムでは本やネットでそういう風に「愛国心」を言ったら大丈夫であるどころか、勧められている。しかし、日常会話では「愛国心」というテーマに触れる人、特に若い人は、おかしいと見られます。

でも、ネットといってもそういう気持ちを表現できるのは、本当に素晴らしいですね、チュックさんは...
Posted by mphuong at 2009年07月13日 00:14
自分のブログへのコメントありがとうございました。

今の日本は“(ベトナムで)1990年代に生まれた世代(9X)の考え方”の少し先を行っているように思います。つまりこれからベトナムが今の日本のようになっていく可能性があるということです。
自分は40歳ですが、もっと上の世代から(日本の終戦・・・昭和20年以降の生まれ)アメリカへの強い憧れをもっていました。それは言い換えれば、「豊かな生活」への憧れだったと思います。
自分はその後の世代、生まれたときから豊かな生活が当たり前の世代です。ただし、豊かであるという自覚は持っていませんでした。「豊か」なのではなく、「当たり前」の生活だったからです。「アメリカ」=「豊かな生活」に憧れた我々の上の世代が作ってくれた日本です。
自分くらいの年代では、親から貧しいときの日本の暮らしを聞くことができました。親がその生活を体験していたからです。でも、自分たちは貧しい生活を体験していません。この影響が今の日本の若者に現れています。
何が良いことで何がいけないことなのかもわかっていない今の日本の若者。これらの人間より、途上国であるベトナムの若者の方がはるかに未来を見て、希望をもって頑張っている気がします。そういうところが、ベトナムに活気をもたらしているのだと思います。
長く、まとまっていない文章で失礼しました。


Posted by fukuda at 2009年07月17日 00:17
フクダさん、詳しくコメントしてくれてありがとうございました。

今のベトナムの状況は何十年か前の日本と同じだとよく聞きました。日本人からもベトナム人からも聞きました。これから日本のように国民の生活が経済的には大体安定していけたらいいと思います。

でも、9Xの生き方は上の世代に心配をかけているような気がします。このちゃんとしない若い世代に頼ったら、将来ベトナムは本当に豊かで安定的になれるのかという恐れがあります。8Xと呼ばれる私も時々「心配だなぁ」と言い出してしまいました。
Posted by フオン at 2009年07月17日 11:28
私は今年ベトナム人の女性と結婚する予定の日本人です。
PHUONGさんの意見は素晴らしいと思う。ベトナムの良い所も悪い所も含めて
僕はベトナムが大好きだ。
Posted by ワサビ at 2010年01月13日 19:15
ワサビさん
コメントしてくださってありがとうございます。

ご結婚おめでとうございます。良い所も悪い所も含めてベトナムが大好きだって言ってくれて嬉しかったです。ワサビさんのベトナム人の婚約者もそれを聞いたら、キット感動して嬉しいと思います。^^
Posted by フオン at 2010年01月13日 23:15
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。