2011年01月22日

私、葉ちゃんとワタナベ君

「ノルウェイの森」の映画を見て、小説を再読したくてしょうがなかった。読み終わって、2年前つまり20歳の私と、今の私があまりにも違ってると分かってきた。2年だけだったのに、変わってきた、イヤ成長してきました。 

2
年前好奇心で「ノルウェイの森」を読んでみた。当時、世界中人気が出て、ベトナムでもあっちこっちの注目を集めてた村上春樹の「ノルウェイの森」。正直でいうと、その時、40年前の日本は本当にこうだったのかと不思議にしか思わなかった。何に対してもちゃんとした態度で受け止めるのは、「正」と「細」という二文字でまとめられる日本人の特徴だと思い込んだ私は、ショックを受けた。ここに描かれているのは私の知らない日本だった。要するに、作者の村上春樹は日本人で、読者の私は日本語学習者で、作品の「ノルウェイの森」は日本語で書かれるし、しかも背景は日本で、全ては日本向けの感じだったわけ。 

が、たった
2年後、日本であるか日本人であるかに関わらず、ただ人間の人生話だと思い始めた。ただ、「普通人」であるワタナベトルさんを巡る話であった。愛、自我、世間に対する彼の考えを巡る話であった。今さら「ノルウェイの森」の魅力が理解できた。境を越える傑作だと世界中の読者に好評されていることも理解できた。20代を送っている、又は送ってきた人ならば、たとえ、背景や年代が違っていてもワタナベトルの見た、聞いた、そして感じたことがきっと分かると思う。 

太宰治に書かれた「人間失格」の主人公の葉ちゃんことを思い浮かべる。人間なのに、同胞のことが怖がって本当の自分を守るために、お道化を演じるのに努力して人を必死に笑わせる彼の姿。彼にとっては、お道化は自分の同胞と戦うための武器、本当の自分を守るための盾だっただろう。お道化は、ある意味で、外の世界と彼しか入れない彼の作った世界の間に存在している丈夫な壁だろう。この壁で守られる彼は、あっけに取られるほど、この壁で苦しめられ、絶望され、そして絶滅された。人間として生まれた彼は、人間の世界のことを受け止めれなく、そしてそこに溶け込めない、あるいは溶け込みたくないから、最初から最後まで失格だった。「恥が多い生涯を送ってきました」。人間が何を考えているのか疑ったりして、じーっと観察しても分からないままの彼は、一生迷い込んで、逃げまわした挙句、自殺で終わってしまった。人間失格…
 

「自分は人間じゃない、人間が恐ろしい動物だ」と思う一人は、自分が世間に同類だと認められるのに「普通ではない」自分自身の自我を必死に隠す。もう一人は、「私は普通の人間だ」と思って、自分が好きなやり方で生きる。物騒な外の世界とあまり関わりたくないか、それとも、自分なりに作った世界に夢中になるか、どっちでもないかもしれない。彼は、ただ無意識のうちに人間の本能を大切にして生きている。道理、理想、社会地位、金等の飾り物というより「ごく普通に生きている」で良い。世間の目を一切気にせず、何も隠せずに、「人間」という二文字の通り生きている。大事にしている人を傷つけないように、自我が無にならないことを条件としてやりたいことを慎重にやる。そのためか、何倍も人生を自分なりに楽しんだり、そして苦しんだりするワタナベ。
 

この
2年間に変わってきたワタクシは、ワタナベに羨ましくてしょうがないと思い始める。彼は、生まれつきの自分の不完全なところを素直に認め、共生できるから。人間関係の渦に巻き込まれている彼は、怖がらず、自分なりに楽しめる。渦にグルグル強くまわされるから、渦の壁にぶつかって、痛く感じるのは避けられないことだが、痛くても止まらない彼の姿。穴が付けられることにより、彼は強くなる。今まで私の知っている、一番人間らしい人間だと思う。

 この2年間にわたって何をしてたのかしら(笑) 

2008
年か?日本に留学できるように、文部省試験に受かるように1年中試験勉強をめっちゃ頑張ってた、生真面目と言われるほどの私であった。ストレスもあって、つらいこともあって、でも今ぼんやりしか覚えてない。時間が経つに従って、記憶が薄くなる。きれい、又は悲しい思い出がどんなに積んできても、時間の流れに噛まれていく。そのため、村上の言った通り、過去あった何かのこと、過去スキだった誰かのことを思い出すのにかかる時間が長くなる。直ぐに、そして1分、2分、以降もっと長くなる。そして、いつか思い出せずおしまいだろう。 

そして、
2009年。春、親友と酷いケンカして永遠に仲直りできなくなっている現状。同じごろの春、好きなおじさんに死なれて泣いてた日々の記憶が今も生き生きと残っている。夏、試験結果発表では合格して、秋日本へ渡航することになった。「一期一会」スピリッドの下に色々な人と出会ったり別れあったりして、泣いたり笑ったりしてきた。キット忘れられないと思ってたのに、自分もファー・ファー・オウェイにいる友達も自分の生活が毎日いっぱいで忘れるわけがないといっても、微妙。ただ「いつか会えるといいね」と言えるのみ。すごくすごく逢いたかったらいつか絶対逢えると信じる。単なるご縁に任せるだけはどうにもならない。逢いたかったら、逢える時間をちゃんと決めればいいじゃないかと思う。2年先でも、20年先でも構わない。逢えるといいねというだけでたぶん逢える日がこないだろう。そう、2年、又は20年、これから先、いつでもいいから、私のためにバスを追いかけたり、友達として「大好き!大好き、愛している」と書いたりしてくれたアイツとどうしても逢いたい。絶対逢うのよ。 

私はヨーロッパ人の女の友達がいる。私と彼女が対照的と思われがちだからこそ、彼女の明るさ、彼女の温かいビッグ・ハグに惹かれて、彼女のことがとてもスキだった。彼女は私より先に帰国した。その日、もう
2度と会えないのかなぁと思った私は、一人でバカのように泣いてた。その思いはつらかった。そして、約束通り、一ヶ月後彼女の誕生日に電話をかけようとしてたが、ネットの調子が悪くて連絡が取れなかった。ケータイもパソコンもダメだった。何もできずにケータイをじーっと見詰めて涙ぐんだ私であった。もし2度と彼女と会えなかったら、もし2度と彼女とビッグ・ハグできなかったらと思って、涙が止まれなかった。切ない。 

2010
年、秋、いよいよ心を動かせた人と出会って恋をした。私にとって距離恋愛が無理だと手出しにして別れることにした。せっかく恋をするのに、あんな風に別れちゃうなんてつらくないかと友達に聞かれたり、この恋を大事にしてもっと大きく育てたほうがいいじゃないかと励まされたりしていた。微笑しながらダメだったよと呟いた私。だって、実は距離恋愛が無理だったとは、あくまでも無理矢理に別れ話を合理化させるための理由だった。本当に恋かどうか自分のことも相手のことも疑い続けてきた。疑いながら、頭で理論的に冷静に考えずに、自分がスキな方向通りに考えたくて心に任せて行動しようと思ってた。それは、また大失敗を招く考えだったが、全ては「青春」という二文字で終わってしまうと思う。 

今振り返ると、心に任せることにするのなら、心の底からの準備が必要なのかもしれない。要するに、ある程度心を成長させたほうがいいだろう。私の場合、心の準備不足だったと言っても良いだろう。従って、初めて理由なしでイライラしてたまらなかった感じを味わってきた。正直というと、自殺した人の気持ちが分かるような気がすると言えるほど、ひどい気分だった。イライラ、後悔、切ない、全部混ざって苦くて呑み込めない感じだった。と言ってるのだが、台風一過の青空のように、「生きてゆくのが当たり前」だと無理せずに普通のように前進さえできれば、その気分が消える日が来るはず。あと残るのは、成長に必要だと考えられている、大きくもない小さくもない穴だけだ。

 
 

わあおぉ、2年間色々あったのだ。
これから先、穴がどんどん出てくるはずだが、我が無にならないのなら最後まで強く生きてゆけると信じる。完璧や立派な人間になる予定がない。ただ、自分の「我」の奥まで隅々まで知りたい。この好奇心で生きてゆくつもりです。
posted by ノラ猫 at 12:40| ハノイ ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。