2011年07月31日

Hi, Sunday Hi, Sunday Hi, Sunday



日曜日。

僕は一人で引っ越してきたばかりのアパートでごろごろしている。暇すぎるけれども、僕は研究テーマについて真剣に考えるやる気なんて全然出ない。昨日、校長先生に借りてもらった3階建ての3階にある広々なアパートの中の小さな部屋を必死に飾って、自分の世界にした。残りのスペースを全部ルームメートに使ってもらう。部屋の中に用意してくれた箪笥に写真を何枚も貼ったり、今の若者がめったに見えないテーブルを兼ねるベッドに日本語、英語の本を置いたりした。僅かに10メートルぐらいの部屋が広々な残りのスペースよりかなり生き生きしている。ただ今、大きい窓のすくそばに80年の硬い木材の椅子に座って、パソコンに文章を叩きながら、外の景色を眺めている。「ほら、列車が来たよ」と読者の皆さんに向かって叫びたいのだが、列車はおそらく時刻表通りに走っているようで、僕の窓の100メートルぐらい離れている線路をまだ通っていない。そう、僕の借りてもらっているアパートの後ろ、すぐ100メートルぐらい離れているところに、僕のベッドとちょうど平行に並んでいる線路がある。今日の朝617分列車が通った。9時ごろもう一本通った。午後1314分ごろもう一本通った。今は38分まだ通っていないね。日曜日の今日、僕の楽しみは一日中列車は何本僕の後ろを通るのかを数えることだ。

皆さん、誤解しなでください。僕は全然孤独、または寂しがる人じゃない。そして孤独が好きなタイプでもない。そして今も一人で寂しいなと一切も感じていない。

はあ、僕はみなさんにタックラムのある有名な短編を思い出させるだろう。40年代ごろの貧乏で暗い小さな街に住んでいるリエンという13歳ぐらいの女の子と弟が毎晩いくら眠くても生の光のない彼らの町を通るにぎやかな列車が通過するまで待っていた、粗筋のない話を語る短編だ。僕はリエン達と違う。一つ、僕は今かなり生き生きしている町に暮らしている。あと、僕は列車がにぎやかだなぁという憧れを全然持たない。しかも、僕は列車からの騒音で頭が痛くなる。ただ、今日は日曜日で、僕は一人で、その上、台風でずっと曇っていたり、大雨だったりした悲哀な芝居のような昨日は閉幕してくれた。晴れてきた今日の青空の下に騒音作りの列車でも可愛くなる。僕は乗客と握手したいぐらい今日の列車を可愛がっている。

ああぁぁ、愛する読者の皆さん、ただ今列車が通っていまーーーーーす。

おもちゃのように可愛い。この3階の窓から列車を見ると、僕は自分がすうっとジャイアントになったような気がする。指2本だけで列車を摘めるじゃないかと、僕はふうっと思った。日曜日、列車、窓、お茶、ベトナム語の音楽、日本語の小説、英語のドラマ。パーフェクト。

とはいえ、この1ヶ月中の3回目の引越しにちょっと考えさせられた。1ヶ月にわたって、窓外の景色が3回も変わった。僕の宅はどこだっけと自分に聞きたいほど不思議に思った。僕の家はどこだっけ。僕は自由で、誰~誰さんのものになりたくないし、なろうとも一切思わない。僕は僕だけのものだ。自己中心と言われたことがあるが、僕は言い訳はしない。だが、人間だものといって、僕の居場所はどこなのか、と普通の人間のように悲しいほど自分に聞いたこともある。もちろん、僕には答えがちゃんとある。僕の居場所はちゃんとあるから。実家、親、友達。そう、みんなが我がままな僕を受け取ってくれている。僕は幸せなものだ。

ただ、僕は考え好きなタイプで、ナンセンスなことを考えるのが得意なタイプだ。僕は僕なりのやり方で今ライフを楽しんでいるけれども、

このままでもいいけれども、

… …

… … …

僕は何かをやりたい。僕には余計なパワーが眠っている。確かに余計なパワーなんだ。僕はあいつらを気にならなかったら、僕は今平気で安定したところに就職したりして、恋愛あるいは結婚でもしているかもしれない。でも、僕はイライラしながら、自分にこのパワーを何とか解放してあげたいという考えで悩んだり苦しんだりしているわけだ。

僕は…そう、僕は自分で自分を爆発させたい。

But … how?」 

年をとって省みると、これはキット僕の青春を有意味なものにする質問に違いない。ただ、今のところ、これは毎日僕の頭をくずっくずっ痛めている難解の質問に過ぎない。

僕はいつまで悩み続けていくかしら。
                  日曜日、2011731

posted by ノラ猫 at 18:48| ハノイ ☀| ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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