2008年10月23日

パパと娘ー無言の話




これは私の大好きなフランスのアニメだ。パパと娘との愛情についての感動したアニメだ。無言にもかかわらず、伝えたことはどんな言葉よりも深い意味を持っていると思う。一番好きなシーンは年をとった娘がパパのところにやってきて、小さな女子になったという最後のシーンだ。
自転車はこの話に特別な役割を果たしたと感じていた。娘の人生は自転車の車輪のようだと何となく思う。一生一生懸命回っていたのに、なかなかパパに会えなかった。会った時も回ることが止まった時にちょうど当てた。。。

posted by ノラ猫 at 21:28| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

VJCCの奨学金

今日はVJCCから奨学金をもらった。手(チョキ)

VJCCの社長から直接にいただいた。社長はスピーチコンテストの二次予選の日には試験管だった。その時、ぜんぜん笑わなかった。怖かった。。。でも、今日は最初からニコニコしていた。優しかった。へー、社長の中には二つの性格があるの?まあ、そんなこと、ありえない。

でも、日本人はすごいね。仕事によって、自分の態度をうまく整理できる。仕事の上で、ちゃんとした態度をとってやる習慣があるそうだ。また、仕事以外いつもニコニコできるようだな。

でも、仕事というのも人間の趣味の一つじゃないか?興味を持ってる以上、その仕事を選んで、やってると思う。自分の仕事でもリラックスできれば、人生はもっとおもしろく、気楽になるんじゃないか?将来、笑って生きて、仕事できるかしら?

じゃ、あくまでもどんな仕事をやるのは大したことじゃないと思う。もっと大切のはどんな人になることだよね。「ちゃんとした人間になる」ために、頑張らなくちゃ!!!



posted by ノラ猫 at 21:46| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

VJCCボランテイア活動

今日はVJCCでボランテイア活動に参加した。明日の「日本語祭り2008」の準備をやった。朝の7時30分から夜の6時30分までずっとVJCCでいて、会議室のいすやテーブルを動かしたり、プレゼントを整理したり、川柳と俳句を書いた紙をはったり、折り紙の整理するのを手伝ったりした。キツネと一緒に本番に登場できないけど、祭りに先立つ活動に参加したり、準備を手伝ったりできたので、何となくうれしかった。

ボランテイアに参加して初めて、いろいろなことが分かるようになった。まず、どんな行事やイベントにも計画を立てる、適当なプログラムを作る、人事を整理する・・・さまざまな段階が必要だということがよく分かってきた。

それから、公衆の前にうまく登場できるように、詳細に慎重な準備しなければならない。また、責任を全部持っている人からとても小さなことを担当する人まで誰でも工夫するべきだ。プログラムを整理し、準備と実行を指導することは本当に面白い。うまい指導するために、仕事に一つずつ適当な人を分担させるのは大変重要だ。つまり、人を募集したり、その人の能力を利用したりするのは指導者の実力を浮き彫りにする。それに、他の人に仕事を分担させるとしたら、その人に信じなければなりません。その人がうまくできるかできないかと疑うのは失敗を招くと思う。

発表者として祭りの本番に参加するとしたら、このようなことが体験できただろうか?あくまでもどんなことにも尊い価値を持っているかもしれない。失敗も成功も同じだ。大切なのは人間が自分の失敗や成功をどのように受け入れるのかということだと思う。つまり、人間が失敗や成功からどんな教訓を受けるのか、どのように理解するのかということだ。

キツネは完敗し、本番に登場できない。けど、キツネが自分にやってくれたことはどんな言葉でも表せない。キツネがなかったら、このブログがないかもしれない。ベトナム語で文章を作るのはあまり得意ではない私はだんだん日本語で文章を作ることに興味を持つようになってきている。外国語で自分の考えを表すのは本当に面白く、新鮮な体験を持ってくると思う。でも、ブログを作っても、読者がいないのは少し寂しいだろう。幸いなことには、自分が作った間違いのいっぱい文章を読む人もいれば、コメントをしてくれる人もいる。それがすっごく励みになっ私は本当に嬉しいです

我がブログによく入って、コメントをしてくれる村上先生に「いつもお世話になっております。どうもありがとうございます」と言いたいです。先生のコメントはとても励みになって、もっと頑張りたいと思いました。
今日はVJCCで先生に会いましたが、準備が大変で、なかなか先生にそうおっしゃる機会がありませんでした。かわりにここで先生への(に)感謝の言葉を伝えたいです。これからもよろしくお願いいたします。

------------^_^-----

special thanks to 尾島史彦さん
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2008年12月17日

ベトナムの家族についての夕食

  

ベトナム人のほとんどは、一日中夕食が家族のメンバーの絆を強めるための大切な時間だと考えている。なぜというと、一日中みんなバラバラ自分の仕事をやるので、ゆっくり集まって、楽に話し合える時間は夕食しかないからである。

 
四、三世代が同居する家族にとっては、夕食がすっごく楽しくてにぎやかな時間のようである。笑いがいっぱいある夕食である。夕食はただ食事の時間だけでなく、それは家族で過ごす貴重な時間だと言える。

 
でも、to be continued ...
posted by ノラ猫 at 23:37| ハノイ 🌁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

甘やかされたベトナム人

 甘やかされたベトナム人 



ベトナムでは、交通事故は大問題である。年々、交通事故による死者と負傷者は増え続けている。この事情の主な理由としては、ベトナム人がきちんと交通法規を守らないことが挙げられる。、国民に交通法規を順守させるために、政府はいろいろな措置を講じてきたが、効果があまり出ていなかったようです。法規を守るのが自分と周囲の命を守ることだと分かっているベトナム人は、どうして交通法規をよく無視し、よく違反しているのだろうか?原因は二つあると思う。

  to be continued ...
posted by ノラ猫 at 19:51| ハノイ 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

Happy New Year 2009

明けましておめでとうございます。

 

今日は、(2009年1月26日)(旧暦は2009年1月1日・干支の水牛の年)ベトナムの伝統的なお正月だ。

大晦日にはパパと一緒にお寺におまいりに行ってきたばかり。お寺は、おまいりする人がいっぱいっぱいだったし、涙が浮ぶほど香りの煙に覆われたので、入ったといっても、実はちょっと寄っただけだ。それで、祈る時間が少なかった。本当に煙の覆われたお寺を早く出たいと思ったんだ。お寺から家への道を歩くとき、静かに祈った。何を祈るのか、ちょっと迷っていた。しかし、親戚のおじさんが病気で、大晦日にでも入院したことを考えたら、やっぱり健康が一番必要なものだと感じた。だから、「新年、みんなお元気、お幸せでいらっしゃるように」と神様に祈った。ちょっとおかしいんだよね。祈るとことはお寺ではなかった。でもね、大晦日には神様はどこでもいると信じたらいいから。神様はどこでもいるからこそ、どこで祈っても、聞こえるんだ。

   to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:22| ハノイ ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

慰め方が下手な私、


私は、人を慰めることが苦手なんだ。

誰かが寂しいとき、がっかりするとき、どうしたらいいのか、いつも迷っていたんだ。何回か楽しそうなことについて話しかけてみたけど、やっぱばからしかったようだ。無理しているように見えたんだから。実は、そのような時、何をしても、話しても余計なことになると気になるんだ。しかも、自分の臨席までも余計なことのようだと感じられる。それで、ほとんどはずっと黙ることにした。

 to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:24| ハノイ ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここに気楽な私がいると同時に。。。


   ここに気楽な生活を送っている私と同時に。。。
 

家で文章をのんびり作っている私がいると同時に、遠くの病院では死亡と戦っている親戚のおじさんがいる。

 

「1リトルの涙」というフィクションで泣いているばからしい私がいると同時に、遠くの病院では気を失っているおじさんのことで、激しく泣いている家族がいる。

 

この温かいベッドで楽に寝ている私がいると同時に、遠くの病院では生死の境界に立っているおじさんもいるし、怖くて心配しているので寝られない家族もいる。

 

。。。

 
to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:35| ハノイ ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

笑って生きる



きのう、髪の毛を切ることにしたんだ。別の理由がなかったけど、おじさんの葬式の後、気持ちがちょっと変だったから。「寂しい」とか「心配」とかで表したら、正確ではないと思う。たぶんがっかりするかもしれない。何もしたくないという気持ちだ。いつもおばさん、従妹と従弟の姿を思い浮かべた。

 

「フオン姉さん、私は。。。本当に父を失ってしまったんだ」と言っている従妹の泣き顔を忘れられない。心に去来しているんだ。

「父が本当に亡くなったんだ」と言っている従弟の声も忘れられない。従弟に抱き締められたとき、彼の寂しさが十分感じられた。他人の前にあまり泣かなかったけど、おじさんの墓の前で、彼は跪き、手をすっかり握り、「お父さん」と大声で呼んだ。彼はそこまで我慢できた。

でも、その3人は葬式後、頑張って、できるだけ笑ってくれた。私の頭の中で、最後の姿は彼らの笑顔だった。大学に戻るとき、私も彼らのように笑いたいと思った。でも、やっぱ難しいんだ。

 

おばさんと従妹、従弟はどうしたら、父親なしの生活を送るのかと考えるとき、笑えなかった。。。

  
posted by ノラ猫 at 23:31| ハノイ | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

POOR ハノイ ???



...交通事故

先月、交通事故に遭って、足がけがをしちゃったから、いつものように5階建ての校舎をうまく上ったり下りたりできなかった。すごく遅かったせいか、友達に待ってくれなかった。そのとき、一人でゆっくりゆっくり上ったり下りたりしながら、後ろから友達の背中を見た私は、「おいてけぼり」という気持ちのようになった。

 

...交通渋滞

連休が4日間続くので、今日ハノイから故郷へ帰った。渋滞に遭ったから、普通の1時半の代わりに、4時間がかかった。交通渋滞は、ハノイ人の常識に入ったほどのことだと認められているが、今日の渋滞はいつもと違い、逆的な質を持っているものへと変わってきた。渋滞は普通、都心や市内への道で起こっている。でも、今日は、反対になって、市外への道路で起こった。

 

車の中から道路を見たとき、回りの人々が誰でもできるだけ早くハノイを出て、故郷に帰りたがっていると感じた。みんなはハノイから逃げているような気がした。目の前に車が一線になって少しずつ動いている同時に、背なかの後ろには別のハノイが次第に現れてきた。私のような田舎者の姿がすでに消え去った、別のハノイへとだんだん変わってきた。自分の新しい姿を見たら、ハノイはどう考えているか、どう感じているかと、私は本当に知りたい。良かったなと嬉しく感じるのか、あるいは寂しく感じるのか?それに、今のハノイの姿を見た私の心には、どんな感じが湧いたら適当であろうか、ちょっと迷っている。

to be continued ...
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2009年05月15日

私は、何でこのブログを書いているのか


この頃、lang-8という外国語の勉強者を協調するウェブを利用している。ここでいろいろな国からの人々は、勉強している言語で日記を書いてポストする。そして、他のメンバーが文法的な間違いと言葉遣いを直すということになる。本当に役立つウェブだと思う。いろいろ勉強になれた。

 

私のフレンドリストの中には日本語を勉強している女のロシア人がいる。彼女の日記を読んで初めて、感動した。理由は、言葉でうまく表されないが、日常的なことについてロシア人はどう考えるかは、初めてそんなに生き生きと感じられたからかもしれない。私たちは、別々の国に生まれ、別々の歴史・文化の流れに育っている。何でも違っている私たちに共通するのは一つしかない。それは、自自分の完璧ではない日本語により、自分の考えと感情を書くことだ。その感じは、日本人の書く日記を読むときと全く違う。

 

そして、日記をポストしたが早いか、コメントしたり間違いを直したりしてくれる。コメントが短いけど、書いたものを読んでくれて本当に嬉しかった。そして、すごく励みになった。そのとき、このブログのことを考え始めた。Lang-8でただ日常生活のことについて書く。ごく普通のことだから、どうしたら一番自然で正しい日本語で書けるように注意を払う。ブログを書くことと違う。ブログを書く前に、興味がある話題を探さなければならないし、文章の理論的な構成、面白い前置き、意味がある結論などに努力し、そして、自分の伝えたいことに注意しながら書かなければならない。ときどきうまくできなかった。Lang-8と比べ、ブログを書くほうが時間がかかるから、本当に大変だ。でも、やはり一番大変なのは、コメントしてくれる人が少ないことだ。寂しくないとは言えないけど、それよりちょっと困っている。

 to be continued ...
posted by ノラ猫 at 04:11| ハノイ ☁| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

お誕生日おめでとう!


「フオンさん、21歳
お誕生日おめでとうございます」
21歳の君の夢というのは何ですか?

会話試験には「将来の夢を話そう」というテーマが出てきた。練習を始めたとき、迷っていた。私の夢は何でしょ?どんなに考えても、自分の夢は何か、全く分からなかった。夢を持っている人をちょっと聞きたいんですが、夢は一体何ですか?
夢は将来やりたいことと答える人が少なくないだろう。しかし、そういう定義のし方は納得できない。私には将来やりたいことは数え切れないものだから。
・ 日本に留学したい
・ 日本語を勉強するベトナムの学生たちを応援したい
・ アフリカへボランテイアをしに行きたい
・ 国の両端(HaGiang と CaMau)を旅したい
など
バラバラの「やりたい」ことがあるんだ。それは夢だと言われれば、毎日の夢が違うかもしれない。夢はもっと大きなことだと思っている。そして、その夢をかなうために、必死に頑張れるようになる。つまり、夢は、人間の生き方をちゃんと整理するというものである。言葉を変えれば、夢は一生の目標と言ってもいいだろう。

そうすれば、私は夢を持っていないと言える。人生の目標は何だろうか、21歳の私は、正直と言ったら、分からない。人生の一番やりたいことが見つけられなかったので悩んだときがある。しかし、そんなに焦る必要がないと今思っている。一生の目標を見つけるのは難しくて、確か青春時代の挑戦だ。その目標を発見するために、いろいろな道を行いてみなければならない。間違ったら、やり直し、もう一度スタートからゆくべきだ。それは若者ならではのやり方。

だから、今の私は夢を持っていないけど、日本語を学ぶという道を選んだので、頑張っている。着実に歩いている。将来一番やりたいのは何かに関わらず、今「やれることを100%の力でやる」だけと考えたい。

それは、21歳の誕生日の考え。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 03:25| ハノイ | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

自由と責任感

  

今 日本に暮らしている。

毎日日本の水を飲んだり、日本の料理を食べたり、日本の空気を呼吸したりしている。

目を覚めたら、日本の景色を眺めたり、日本のテレビを見たりしている。

目を閉じたまま手を広げると、日本の冬・風・雨・太陽・空を抱きしめるような気がする。

 

そう!確か今日本にいる。やっと実感が湧いてきた。

 ただ、バランスのない境に立っている微妙な感じをしている。to be continued ...
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2011年01月15日

7ラブのOL

混乱してます! 就職活動をやっているというより、バイトをやっているが、順調であれば旧正月が終わってから正規会社員になれるはず。自分自身の意志次第。一応、「ただ今会社員として毎日通勤しています」というわけでOLの生活を送ってる23歳に向いて少しずつ歩んでる22歳のワタクシの現状である。お蔭様で、生活費が十分時給で払えるし、しかも親にも少しはあげられるし、一人暮らしでプライバシー・スペスが揃えてるし、会社における人間関係が良いし、先輩や同僚に結構好かれているし、要するに苦情なしの職場環境。そして、苦情なしの卒業見込みの大学4年生生活とも言える。仕事における必要な知識を十分取得して、社会人として成長できるように頑張らないといけないと思わせるぐらい程々の仕事プレッシャがあり、生活基準を高めて親孝行をしないと間に合わないと思わせる程々の生活プレッシャがある。つまり、将来性があり、前進する動機もあり、前進しないといけないプレッシャも若干あり、完璧ではないが、全ては「ちょうどいい」という一線にある感じ。イイ感じ! 

このように、外見では満足するのは当たり前であるライフだが、裏には色々ある。特に、考えるのがスキなタイプの自分にとっては、「つまんねえ」と溜息をつくほどではないが、現状に何か「足りない」と心から分かっている。それは何かと分かっていても補充できない。毎日、起伏・通勤・帰宅・飲食・シャワー・起伏という繰り返しのサイクルにより人間をロボット化されないように、仕事への興味を散々探し、熱心に働こう、楽観的に生きてゆこうと心がけであるが、難しくなりつつである。理由としては2つ挙げられる。血液のA型であるのに、オマエは変わり者だからB型又はAB型のほうが合っているじゃないかと言われているワタクシが、この2つの理由で、他人にとってのいい感じの人生を送っていても満足できないわけである。 

to be continued ...
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2011年01月22日

私、葉ちゃんとワタナベ君

「ノルウェイの森」の映画を見て、小説を再読したくてしょうがなかった。読み終わって、2年前つまり20歳の私と、今の私があまりにも違ってると分かってきた。2年だけだったのに、変わってきた、イヤ成長してきました。 

2
年前好奇心で「ノルウェイの森」を読んでみた。当時、世界中人気が出て、ベトナムでもあっちこっちの注目を集めてた村上春樹の「ノルウェイの森」。正直でいうと、その時、40年前の日本は本当にこうだったのかと不思議にしか思わなかった。何に対してもちゃんとした態度で受け止めるのは、「正」と「細」という二文字でまとめられる日本人の特徴だと思い込んだ私は、ショックを受けた。ここに描かれているのは私の知らない日本だった。要するに、作者の村上春樹は日本人で、読者の私は日本語学習者で、作品の「ノルウェイの森」は日本語で書かれるし、しかも背景は日本で、全ては日本向けの感じだったわけ。 

が、たった
2年後、日本であるか日本人であるかに関わらず、ただ人間の人生話だと思い始めた。ただ、「普通人」であるワタナベトルさんを巡る話であった。愛、自我、世間に対する彼の考えを巡る話であった。今さら「ノルウェイの森」の魅力が理解できた。境を越える傑作だと世界中の読者に好評されていることも理解できた。20代を送っている、又は送ってきた人ならば、たとえ、背景や年代が違っていてもワタナベトルの見た、聞いた、そして感じたことがきっと分かると思う。 

太宰治に書かれた「人間失格」の主人公の葉ちゃんことを思い浮かべる。人間なのに、同胞のことが怖がって本当の自分を守るために、お道化を演じるのに努力して人を必死に笑わせる彼の姿。彼にとっては、お道化は自分の同胞と戦うための武器、本当の自分を守るための盾だっただろう。お道化は、ある意味で、外の世界と彼しか入れない彼の作った世界の間に存在している丈夫な壁だろう。この壁で守られる彼は、あっけに取られるほど、この壁で苦しめられ、絶望され、そして絶滅された。人間として生まれた彼は、人間の世界のことを受け止めれなく、そしてそこに溶け込めない、あるいは溶け込みたくないから、最初から最後まで失格だった。「恥が多い生涯を送ってきました」。人間が何を考えているのか疑ったりして、じーっと観察しても分からないままの彼は、一生迷い込んで、逃げまわした挙句、自殺で終わってしまった。人間失格…
 

「自分は人間じゃない、人間が恐ろしい動物だ」と思う一人は、自分が世間に同類だと認められるのに「普通ではない」自分自身の自我を必死に隠す。もう一人は、「私は普通の人間だ」と思って、自分が好きなやり方で生きる。物騒な外の世界とあまり関わりたくないか、それとも、自分なりに作った世界に夢中になるか、どっちでもないかもしれない。彼は、ただ無意識のうちに人間の本能を大切にして生きている。道理、理想、社会地位、金等の飾り物というより「ごく普通に生きている」で良い。世間の目を一切気にせず、何も隠せずに、「人間」という二文字の通り生きている。大事にしている人を傷つけないように、自我が無にならないことを条件としてやりたいことを慎重にやる。そのためか、何倍も人生を自分なりに楽しんだり、そして苦しんだりするワタナベ。
 

この
2年間に変わってきたワタクシは、ワタナベに羨ましくてしょうがないと思い始める。彼は、生まれつきの自分の不完全なところを素直に認め、共生できるから。人間関係の渦に巻き込まれている彼は、怖がらず、自分なりに楽しめる。渦にグルグル強くまわされるから、渦の壁にぶつかって、痛く感じるのは避けられないことだが、痛くても止まらない彼の姿。穴が付けられることにより、彼は強くなる。今まで私の知っている、一番人間らしい人間だと思う。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:40| ハノイ ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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