2009年03月17日

いたずらな論文

貿易大学の学食は今のままでよいか 

グエン・ティ・マイ・フオン


 
I、                      初めに 


  学食というものは大学に欠かせない施設だと言っても過言ではないと思う。学生たちとしては「学食は学生の腹の支えになっている」とか「学食=学生の生活の当たり前の一部」とユーモアをこめてよく言っている。大事な役割を果たす学食が一つある貿易大学も例外ではない。

しかし、学食は大学によって値段も食べ物の品質や種類なども違う。貿易大学の学生である私は、ほかの大学の学食で食べることもしばしばあるが、貿易大学の学食が一番いいと確信している。そう言っても、貿易大学の学食には長所ばかりがあるわけではない。

以下、ほかの大学の学食と比べることによって、貿易大学の学食の長所と短所を示そう。次に、「貿易大学の学食は今のままでいいのか」という質問を検討する。

  to be continued ...
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2009年04月24日

ケータイ電話

「親は子供をケータイを持たせてやったほうがいいのか」

 

ケータイが豊かな人ならではのものとして認められた時代が、もう崩れてしまった。今ケータイを持つのがごく自然なことになっている。ケータイについての意識が変わっているに加え、ケータイサービスを経営する会社が市場において増えてきているに従って、利用コストがだんだん低下している。そして、携帯電話の加入手続きも簡単化されているし、ケータイそのものの価格も下がってきている。これらのすべての変化は、ケータイの活発的な普及を促した。

 

「ケータイ王様に忠誠心を尽く国民」になる若者の人数は、はるかに増えていく背景には、「ケータイが高校生にまで普及しているのは本当にいいか」「高校生にケータイを持たせるかどうか」という問いが挙げられてきた。この問題をめぐって、いろいろな議論が行われているが、結局「そんなに早く持たせるのは、良くない」「高校生にケータイを持たせないほうがいい」と結論されるようになった。しかし、世論がそういう風に決めたといっても、どうやらケータイを使う高校生の数が着実に増えていく。こんな反対状態になっている理由が多いが、ケータイが容易に手に届くツケが回ってきたと言ってもいいかもしれない。結局、親たちは、子供がケータイを持つ事実に対して、適当な反応を選択せざるを得ないという状態に置かれるようになる。

 

本稿では親の、「自分の子供がケータイを持っている」という現象に対する、親の反応について調べてみよう。そして、親の受け取り方は、どういう風に高校生の子供たちに影響を及ぼすのかにも触れる。

to be continued ...
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2009年05月05日

タバコと貧困の悪循環

タバコと貧困の悪循環 

1492年、アメリカを発見したとき、コロンブスは、現地人が踊りながら、「タバッコス」と呼ばれる丸く巻かれたタバコを吸うことに気が付いた。それは初めてヨーロッパ人がタバコという植物を知った出来事だが、何千年か前にインディアンはタバコを広範に植え、吸うのに使っていた。その後、タバコは世界中に旅行を始めた。時間があまりかからず、世界の隅々に普及した。今までタバコは吸った人の半分を殺したと言われる。平均すると、世界中で一日中に1万人ぐらいがタバコを吸うことより死んでいると報じられている。それは、一日10件の大きな飛行機事故に遭よる死亡者の人数とイコールであるという。タバコは本当に治しにくい伝染病になってしまった。 

タバコの害についてはいろいろな研究が行われ、タバコの煙の害毒は明確に証明されている。しかし、喫煙者の数が年々減少していないし、国が貧しければ貧しいほど喫煙者が多くなるという。

以下では、タバコがどのように家族の家計と国家経済へ影響を与えているか、特にベトナムのような途上国で国民の生活がタバコにどうのように左右されているかを調べる。まず、タバコの害とその悪影響について考えてみる。次に、ベトナムに例をとって途上国の喫煙状況を見ることにより、タバコと貧困の関係を考察する。
to be continued ...
posted by ノラ猫 at 21:42| ハノイ | Comment(1) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

競争社会が大嫌い!!!

入学競争社会である現在のベトナム 
  

経営では、利益・利潤を得るための競争が当たり前だとよく言われている。競争は、前に向かって進む人間の意志をかき立てる、欠かせないものだと主張する人が少なくない。独占企業の場合と違って、競争は企業の新製品開発や生産技術革新を促進して、生産力を高めるのに重要な役割を果たす。このように、経営における競争は積極的な促進効果をもたらす、不可欠なものである。

 

しかし、教育における競争は、生徒たちに悪い影響を与える、危ないものだと主張したい。ここで触れる教育における競争とは、具体的には「入学競争」である。「教育」とは子供の資質を育てるだけでなく、人格も育てることを目的にしているものだと定義される。しかし、純粋な生徒たちの頭に競争意識を詰め込むのは、子供の未熟な心を歪め、教育の本来の姿に逆らう行動ではないだろうか?

以下では、最近ベトナムの有名な電子新聞に載った「入学マラソン」論に基づいて、現在のベトナムで目立っている入学競争の状況を調べる。次に、入学競争の本質と生徒たちへ影響のし方を少し論じる。

 
to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:17| ハノイ ☁| Comment(0) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

障害者・労働者



障害者と労働市場における「機会の平等」
 

障害者は普通人と違って、身体的、精神的な損害を受けた人である。しかし、そういっても、障害者は普通人と同じような権利の享有権を持っている。日本のような先進国では障害者の保健と福祉に関する政策の効果が証明されていると聞いた。ベトナムのような発展途上国ではこれらの政策はどうのように行われているのか。障害者に向いた政策がいろいろ講じられているが、効果的には少し疑わしい。

 

本稿では、ベトナムにおける障害者の事情を調べる。そして、障害者雇用事情を中心にして見ることにより、労働市場における「機会の平等」を障害者に与えるという政府の役割の実施を考察する。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 04:33| ハノイ 🌁| Comment(1) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

作文から論文へと脱皮させる例 ^^



これは、去年書いた作文です。そして、工夫を入れられたあと、論文になります。^^

どうぞ、ご覧ください。to be continued ...
posted by ノラ猫 at 04:49| ハノイ 🌁| Comment(0) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

越境文学

越境文学」「揺れる言葉」 

「越境文学は外国人作家が書く日本文学」。3年間日本語を勉強しているベトナム人の私は初めて「越境文学」という概念を知った。感動した。越境文学の魅力を感じ、修了論文の研究問題として書こうと思い始めた。以下にはこの問題に関する自分を考えを少し述べてみる。

 

1.            越境文学の存在への疑問

この記事を読んだとき、頭に浮かんできた第一の疑問というのは「どうして外国人、非漢字文化圏出身の人までも母語をとらわれずにわざと日本語で文学を書いたのか」である。不思議だと思う。

 

第141回芥川賞に候補者として入ったイラン人のシリン・ネザマフィさんが挙げた理由は「日本に住み、日本語が一番書きやすい言語になっていた」である。ネザマフィさんと日本語で文学を書く外国人作家としてよく知られているそうであるリービ秀雄さんの場合から見ると、ほとんどの越境作家は日本に長い間日本に滞在したことがあると分かってきた。つまり、これらの作家は日本語能力が高いし、「日本語に対して意識的に結構なっている」と言えるだろう。言葉を変えれば、日本語は90パーセント作家の母語になってきたということではないだろうか。そのため、「日本語は敷居が高い」という壁を乗り越え、日本語で文章を作るのに努力しているかもしれない。

 

たぶん、その90パーセントは外国人作家を日本語で文章を書き始めようと促せただろう。しかし、外国人作家が日本語で次々文学を書き続けるのには十分ではないと思う。日本人作家の日本語で書いてある作品や、翻訳作品と違うところを作る秘密はその10パーセントにあると思う。「言葉の揺れ」を作るという大事な役割を果たす部分だと言っても過言ではないだろう。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 01:09| ハノイ ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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