2009年04月24日

娘方へ


お父さんは、娘が誕生する38年間もの前に生まれた。

 

お父さんは、「戦争」という言葉を痛感したし、物騒な時代に暮らしていた人間の苦痛が分かる。娘は平和時代に生まれ、成長しているから、本や映画や周囲の話を通して「戦争は本当に何か」とぼんやりしか分かっていない。

 

でも、娘は、戦争についてのドキュメントに興味がある。娘は、戦争で行方不明の家族を探す人を応援する「お別れが起こらないようだ。。。」と呼ばれる番組をじろじろ見る。娘はそもそも、戦争時代に生きていた貧しい人の暮らし方、無条件のお互いの助け合い方が好きだから。また、マニー、マニーにしか感心を持っていない近代の人の暮らし方が嫌だし、なかなか納得できないから、そのドキュメントに染みた昔ながらの清潔な雰囲気を味わいたいと娘が言った。要するに、娘にとっては、戦争というものはつらいものより、国民のすべての心の団結や周囲との分かち合いなどのきれいな人間関係についての教訓をもたらしたものだ。

 

娘と違って、テレビで戦争のことを語る番組をやるたびに、お父さんはいつも布団に入って寝る。戦争についてはあまり話さないが、話し始めたが最後、1945年の飢饉がどんなにひどかったのか、アメリカ帝国主義からの兵士がどんなに凶悪だったのかなどをつらいことしか思い出さないで語る。つまり、実験したお父さんにとっては、戦争というものは、どんな言葉でかばっても苦痛でつらかったものだから、お父さんは振りかえたくない。戦争の「何も不足」時代に暮らしたお父さんは、「豊かな生活ができるようにお金をたくさん稼がなければならない」という現代人の実利的な考え方が理解できる。だから、お父さんは、昔の人と今の人の暮らし方について比較し、評価したことはない。

歴史上の問題に対して、お父さんと娘の考えは随分違っている。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 01:06| ハノイ ☁| Comment(2) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

赤信号

 

赤信号が面白い?

 

交通法規では、赤信号で止まるのが決まっている。それは当たり前で、誰にも知っているはずである。「法規を守るために」、「罰されないように」、「自分と他の人の安全のために」という理由のほかにも、「赤信号で止まるのが面白い」と思ってから、赤信号で止まる人もいるかもしれない。

 

「時間がかかる」と考え、赤信号が嫌だと思う人にとっては、それはありえない話かもしれない。確かに「赤信号が面白い」と感じて止まるのは、おかしいであるが、考えれば考えるほどやっぱりそれは面白い行動だと思う。

 

 to be continued ...
posted by ノラ猫 at 04:27| ハノイ ☁| Comment(1) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

いたずらな論文

貿易大学の学食は今のままでよいか 

グエン・ティ・マイ・フオン


 
I、                      初めに 


  学食というものは大学に欠かせない施設だと言っても過言ではないと思う。学生たちとしては「学食は学生の腹の支えになっている」とか「学食=学生の生活の当たり前の一部」とユーモアをこめてよく言っている。大事な役割を果たす学食が一つある貿易大学も例外ではない。

しかし、学食は大学によって値段も食べ物の品質や種類なども違う。貿易大学の学生である私は、ほかの大学の学食で食べることもしばしばあるが、貿易大学の学食が一番いいと確信している。そう言っても、貿易大学の学食には長所ばかりがあるわけではない。

以下、ほかの大学の学食と比べることによって、貿易大学の学食の長所と短所を示そう。次に、「貿易大学の学食は今のままでいいのか」という質問を検討する。

  to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:59| ハノイ 🌁| Comment(2) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

「かげ」

きのうベトナムの同性愛者に書かれた、「(かげ)という小説を読んだ


 
この「影」はどういう意味を持っていいるのか、ちょっと好奇心が出たから、読み始めた。辞書によると、影とは物体や人などが、光の進行を遮る結果、壁や地面にできる暗い領域である。その定義から分かるように、影は、ただ本モノの形を借りた真っ黒いものだけであり、いつも本モノにくっ付いているものである。言葉を変えれば、影の存在は、本モノにとってあまり意味をしていないわけである。ある面で考えれば、影がどうやら偽モノとして存在するかもしれない。

 
しかし、この小説を読んだ私は、同性愛者にとっては、逆に影が本モノだと感じる。to be continued ...
posted by ノラ猫 at 20:36| ハノイ ☁| Comment(1) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

ベトナムでの男女平等

  

以前のベトナム人は男性も女性も誰もが、戦争や戦いに慣れていたとよく言われている。民族が外国から攻勢され、危険な状態に陥ったとき、呼びかけでさえあれば、男性が戦場に飛び込んだ。そして、後に残された女性は、家族を支える男性の責任をすべて引き受けることになった。つまり、戦場に出た夫が家事だけではなく、どんなことでも妻任せだったということである。当時、妻任せはしょうがないことだったとしか言えない。北からの王朝の支配と戦った1000年間、フランス殖民地主義とアメリカ帝国主義と戦った30年間のせいか、ベトナム人の女性が強くなり、政治や軍事や経営といった、もともと男性が得意だと考えられた分野にも参加できるようになっている。

 

要するに、社会的、歴史的、文化的な面では、ベトナム人の女性の役割が欠かせないものだと認められるようになっているのである。言葉を変えれば、「男女平等」という論は社会全体広範に認められ、行われていると思う。

 

しかし、今のベトナムの家庭では男女平等というものは大きな虚像だと感じる。

to be continued ...
posted by ノラ猫 at 11:21| ハノイ ☁| Comment(4) | 作文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

お年寄りを手伝うこと

  

「困っている老人を手伝うべきだ」というのは、子供のときから、親にだけではなく、誰にも教えてくれた基本的な道徳教訓だ。それは、道徳上の行動だけではなく、義務だと考えられている。手伝わないと、安心しないし、申し訳ないという気持ちがあるかもしれない。だから、ベトナムではお年寄りを手伝うのは、若者にとって、当たり前なことになっている。バスでおじいさんに席を譲る、おばあさんを連れて道を渡る、階段を下りるおばあさんを手伝う、重い荷物を持つおじいさんを手伝う若者の姿は珍しくない。

 

実は、この教訓はどんな国でも教えられていると思う。そして、若者がどんな国でも年をとった人を手伝いたがるとも思う。でも、ベトナムと比べて、日本では老人を手伝う若者の姿はあまり表していないそうだ。そのお年寄りの反応と考えは、この格差を起こした原因として挙げられるだろう。

   to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:53| ハノイ ☁| Comment(1) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

「さようなら」



@「大事な人から離れることが怖いと感じたことがあるのだろうか。

大事な人と別れることが怖いと感じたことがあるのだろうか。

そういう感じは、やっぱりひどい。

 

その人のそばにいる、残った数ヶ月や数日を大切したいと思っているが、なかなか難しい。その人の姿や笑顔を見ると、別れたくないという気持ちが強くわくとともに、送別日が目の前に寂しく、悲しくぼんやり現れる。その結果、涙が流れそうだ。そして、その人と話しかける勇気がなくなっちゃう」

 

&「前もって離れる気持ちに慣れるつもりなの?バカ。。。」

 

@「そうするつもりじゃないが、ただその気持ちをストップできないんだ。残った貴重な時間を無駄にしてるね、私は。。。」

    
posted by ノラ猫 at 01:30| ハノイ | Comment(0) | ただ、しゃべり・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

笑って生きる



きのう、髪の毛を切ることにしたんだ。別の理由がなかったけど、おじさんの葬式の後、気持ちがちょっと変だったから。「寂しい」とか「心配」とかで表したら、正確ではないと思う。たぶんがっかりするかもしれない。何もしたくないという気持ちだ。いつもおばさん、従妹と従弟の姿を思い浮かべた。

 

「フオン姉さん、私は。。。本当に父を失ってしまったんだ」と言っている従妹の泣き顔を忘れられない。心に去来しているんだ。

「父が本当に亡くなったんだ」と言っている従弟の声も忘れられない。従弟に抱き締められたとき、彼の寂しさが十分感じられた。他人の前にあまり泣かなかったけど、おじさんの墓の前で、彼は跪き、手をすっかり握り、「お父さん」と大声で呼んだ。彼はそこまで我慢できた。

でも、その3人は葬式後、頑張って、できるだけ笑ってくれた。私の頭の中で、最後の姿は彼らの笑顔だった。大学に戻るとき、私も彼らのように笑いたいと思った。でも、やっぱ難しいんだ。

 

おばさんと従妹、従弟はどうしたら、父親なしの生活を送るのかと考えるとき、笑えなかった。。。

  
posted by ノラ猫 at 23:31| ハノイ | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

ここに気楽な私がいると同時に。。。


   ここに気楽な生活を送っている私と同時に。。。
 

家で文章をのんびり作っている私がいると同時に、遠くの病院では死亡と戦っている親戚のおじさんがいる。

 

「1リトルの涙」というフィクションで泣いているばからしい私がいると同時に、遠くの病院では気を失っているおじさんのことで、激しく泣いている家族がいる。

 

この温かいベッドで楽に寝ている私がいると同時に、遠くの病院では生死の境界に立っているおじさんもいるし、怖くて心配しているので寝られない家族もいる。

 

。。。

 
to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:35| ハノイ ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

慰め方が下手な私、


私は、人を慰めることが苦手なんだ。

誰かが寂しいとき、がっかりするとき、どうしたらいいのか、いつも迷っていたんだ。何回か楽しそうなことについて話しかけてみたけど、やっぱばからしかったようだ。無理しているように見えたんだから。実は、そのような時、何をしても、話しても余計なことになると気になるんだ。しかも、自分の臨席までも余計なことのようだと感じられる。それで、ほとんどはずっと黙ることにした。

 to be continued ...
posted by ノラ猫 at 12:24| ハノイ ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。